マスク氏、自社AIがOpenAIモデルを利用と法廷で認める―訴訟初週で波紋

イーロン・マスク氏がOpenAI創業者らを訴えた裁判の初週で、自身のAI企業xAIがOpenAIのモデルを学習に利用していたことを法廷で認めた。マスク氏は「騙されて資金提供した」と主張し、OpenAIの非営利構造への回帰を求めている。AI業界の競争と安全性をめぐる論争が激化している。

マスク氏、自社AIがOpenAIモデルを利用と法廷で認める―訴訟初週で波紋

2026年5月、米カリフォルニア州オークランドの連邦裁判所で、イーロン・マスク氏とOpenAI社の間で画期的な裁判が始まりました。マスク氏は黒いスーツ姿で証言台に立ち、OpenAIのサム・アルトマンCEOとグレッグ・ブロックマン社長が自分を騙して資金提供させたと主張しました。裁判の初週で最も注目を集めたのは、マスク氏が自身のAI企業xAIが開発するチャットボット「Grok」の学習に、OpenAIのモデルを利用していたことを認めた瞬間でした。法廷内では驚きのどよめきが起こりました。マスク氏は2015年にOpenAIを共同創業した際、人類の利益のためにAIを開発する非営利組織として3800万ドルを提供したと述べています。しかし現在、OpenAIは時価総額8000億ドルに達する営利企業へと変貌を遂げました。この裁判の結果は、1兆ドル規模のIPOを目指すOpenAIの将来を大きく左右する可能性があります。

マスク氏の主張:「騙されて資金提供した」

マスク氏は法廷で、自分が「無料の資金を提供して彼らのスタートアップを作らせた愚か者だった」と述べました。彼は3800万ドルの資金を提供したのは、人類の利益のためにAIを開発する非営利組織を支援するためであり、経営陣を富ませるためではなかったと強調しました。マスク氏は裁判所に対し、アルトマン氏とブロックマン氏を役職から解任し、OpenAIが営利子会社を運営できるようにした組織再編を取り消すよう求めています。

マスク氏は自身のOpenAIに対する見方が「3つの段階」を経て変化したと説明しました。第1段階では「熱心に支持していた」、第2段階では「彼らが真実を語っているか自信を失い始めた」、そして第3段階では「彼らが非営利組織を食い物にしていると確信した」と述べています。転機となったのは2022年後半で、マイクロソフトがOpenAIに100億ドルを投資することを知った時でした。マスク氏はアルトマン氏に「一体何が起きているんだ。これは餌と釣り針のすり替えだ」とメッセージを送ったと証言しました。

xAIによるOpenAIモデルの利用が明らかに

裁判で最も衝撃的だったのは、マスク氏が自社のxAIがOpenAIのモデルを「部分的に」蒸留していることを認めた瞬間でした。蒸留とは、大規模で高性能なAIモデルの動作を模倣するように小規模なモデルを訓練する技術のことです。これにより、小さなモデルでも元のモデルとほぼ同等の性能を発揮しながら、より高速かつ低コストで動作できるようになります。例えば、スマートフォンで動作する軽量なAIアシスタントを作る際に使われる手法です。

しかし、OpenAIを含む多くのAI企業は、この蒸留という手法に反対の立場を取っています。2026年2月、OpenAIは中国のAI企業DeepSeekが自社のモデルを蒸留していると非難しました。また2025年8月には、AI企業AnthropicがOpenAIによるClaudeモデルへのアクセスを遮断したと報じられています。理由は、サービスのリバースエンジニアリングや競合製品の構築を禁止する利用規約に違反したためでした。マスク氏は「他のAIを使って自社のAIを検証するのは標準的な慣行だ」と反論しましたが、法廷内では驚きの声が上がりました。

AI安全性の守護者は誰か

裁判の中心的な争点の一つは、誰がAI安全性の真の守護者なのかという問題です。マスク氏は自身を長年のAI安全性の提唱者として描き、OpenAIを創業したのは当時AI競争をリードしていたGoogleに対する「対抗勢力」を作るためだったと述べました。マスク氏は、Googleの共同創業者ラリー・ペイジ氏に「AIが人類を絶滅させようとしたらどうなるか」と尋ねたところ、「人工知能が生き残る限り問題ない」と言われたと証言しました。マスク氏は陪審員に対し、「最悪のシナリオは、AIが我々全員を殺すターミネーターのような状況だ」と警告しました。

しかし、OpenAI側の弁護士ウィリアム・サヴィット氏は、マスク氏が「安全性と規制の守護者ではない」と反論しました。サヴィット氏は、xAIが2026年4月にコロラド州のAI法に対して訴訟を起こしたことを指摘しました。この法律はアルゴリズムによる差別を防ぐために設計されたものです。裁判官のイヴォンヌ・ゴンザレス・ロジャース氏は厳しい口調で、「あなたの依頼人も全く同じ分野で会社を作っている」とマスク氏側を批判し、「人類の未来をマスク氏の手に委ねたくない人も大勢いるでしょう」と述べました。

競争相手を潰すための訴訟なのか

OpenAI側は、マスク氏が本当は自身のテクノロジー企業帝国の競合相手としてOpenAIを弱体化させるために訴訟を起こしていると主張しています。サヴィット弁護士は、マスク氏がOpenAIの取締役を務めていた2017年に、OpenAIの創設メンバーだったアンドレイ・カルパシー氏をテスラに引き抜いた際のメールを証拠として提示しました。メールには「OpenAIの連中は俺を殺したがるだろう。でもやらなければならなかった」と書かれていました。

さらにサヴィット氏は、マスク氏が運営するテスラ、SpaceX、Neuralink、X(旧Twitter)もすべてOpenAIと同様に社会的に有益な営利企業であり、xAIも非公開のソースコードを持つ営利企業だと指摘しました。しかしマスク氏は、xAIはOpenAIの真の競合相手ではないと主張し、「我々は現在、AGI(汎用人工知能)に最初に到達する軌道にはない」と陪審員に語りました。AGIとは、ほとんどの認知タスクで人間と競争できる強力なAIのことです。

裁判の背景と今後の展開

この裁判は、AI業界における権力闘争と安全性をめぐる議論の象徴となっています。OpenAIは2015年に非営利組織として設立されましたが、2019年に営利子会社を設立し、マイクロソフトから巨額の投資を受けました。現在、OpenAIは時価総額8000億ドルに達し、1兆ドル規模のIPOを目指しています。一方、マスク氏のxAIは2026年6月にもSpaceXの一部として上場する予定で、目標評価額は1兆7500億ドルとされています。

裁判所の外では、抗議者たちが「ChatGPTをやめよう」「テスラをボイコットしよう」と書かれた看板を掲げて通りに並んでいました。法廷内は弁護士の軍団、ノートパソコンでタイピングするジャーナリスト、そして心配そうなOpenAI社員で満員でした。マスク氏は南アフリカ訛りの英語で時折冗談を交えながら、落ち着いた様子で証言しましたが、後悔の念も表していました。

できること・できないこと

この裁判を通じて、AI企業間の技術的な相互依存関係が明らかになりました。xAIのようなAI企業は、OpenAIのモデルを蒸留することで、より小規模で効率的なAIシステムを開発できます。例えば、スマートフォンやタブレットで動作する軽量なチャットボットを作ったり、データセンターのコストを削減しながら高性能なAIサービスを提供したりすることが可能になります。

一方で、この手法には法的・倫理的な問題があります。OpenAIを含む多くのAI企業は、自社のモデルを蒸留することを利用規約で禁止しています。これは知的財産の保護と競争上の優位性を維持するためです。マスク氏は「標準的な慣行だ」と主張しましたが、業界全体でこの手法の是非について議論が続いています。今後、AI企業間での技術利用に関する明確なルールや法的枠組みが必要になるでしょう。

私たちへの影響

この裁判は、AI技術を利用する一般ユーザーや企業にとって重要な意味を持ちます。裁判の結果次第で、OpenAIの組織構造が変わり、ChatGPTなどのサービスの提供方法や価格設定に影響が出る可能性があります。もしマスク氏の主張が認められてOpenAIが非営利組織に戻れば、サービスの無料化や研究成果のオープン化が進むかもしれません。

短期的には、AI業界における競争がさらに激化することが予想されます。OpenAIとxAIの両社は、それぞれ巨額の評価額での上場を目指しており、投資家や消費者の注目を集めようと競い合っています。中長期的には、AI安全性に関する規制や業界標準が整備される契機となる可能性があります。誰がAIの安全性を監督すべきか、営利企業が人類の未来に関わる技術を開発することの是非など、根本的な問いが議論されています。

ただし、裁判はまだ初週を終えたばかりです。来週以降、カリフォルニア大学バークレー校のコンピューター科学者スチュアート・ラッセル氏がAI安全性について証言し、ブロックマン氏も証言台に立つ予定です。最終的な判決が出るまでには数週間から数カ月かかる見込みで、その間もAI業界の動向から目が離せません。

出典:Musk v. Altman week 1: Elon Musk says he was duped, warns AI could kill us all, and admits that xAI distills OpenAI’s models(www.technologyreview.com)

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