
今年のDevDayで最もわかりやすい変化は、「ChatGPTの中に小さなアプリが現れる」体験が始まったことです。これはプラグインの復活ではありません。ユーザーはいつものチャット欄に話しかけるだけで、必要な場面でアプリが“呼ばれ”、会話の流れを切らずに地図やプレイリスト、プレゼンのスライドなどのインタラクティブなUIが、その場で操作できるかたちで差し込まれます。OpenAIはこの仕組みを「apps in ChatGPT」と呼び、開発者向けには「Apps SDK」を同時に発表しました。発表は2025年10月6日付の公式ブログで、アプリはEU以外のログイン済ユーザー(Free/Go/Plus/Pro)に“本日から”提供、初期パートナーとしてBooking.com、Canva、Coursera、Expedia、Figma、Spotify、Zillowが利用可能と明記されています。対応はまず英語からで、EUへの展開は「近日中」とされています。
日常利用のイメージを、もう少し具体的に描いてみます。たとえば週末のパーティー準備で「Spotify、金曜夜のパーティー用に90年代ヒット中心のプレイリストを作って」と打つと、ChatGPTはその会話の文脈を引き継いだままSpotifyのアプリUIをチャットに挿入し、曲リストを生成していきます。はじめてそのアプリを使うときは、どのデータが共有されるかを示す接続ダイアログが出て、ユーザーが明示的に許可してから動きます。住まい探しの雑談では、予算や地域の話題に応じてZillowの地図UIが提案され、チャットから離れずに物件を絞り込めます。これらはすべて公式ブログの“使い方”セクションが示す標準体験で、会話がトリガーになってUIが自然に現れ、また会話に戻れる設計です。
この「会話に溶け込むUI」を支える技術がApps SDKです。SDKはオープン標準のModel Context Protocol(MCP)を土台に、会話の流れの中で外部ツールや自社バックエンドとつながり、さらにUIの部品まで定義できるようにした枠組みです。開発者はChatGPTのDeveloper Modeで自作アプリをテストできます。OpenAIはこのSDKをプレビュー提供とし、年内にアプリの投稿受付・審査・公開、そしてディレクトリ(アプリ一覧)や収益化の詳細を順次案内すると明言しています。収益化の文脈では、チャット内で即時決済を実現するAgentic Commerce Protocolという新しいオープン標準のサポートとして将来予定されていることにも触れていますした。
第1回で、「ChatGPTがアプリの流通基盤になる」という表現をやや短絡的に紹介しました。より厳密には、現時点で確定しているのはApps SDKのプレビュー公開と、EU以外への利用開放、そして年内にディレクトリや収益化の詳細を出す計画です。つまり、“アプリストア化が始まった”のではなく、“アプリ流通に向けた第一歩を踏み出し、その場としての器を作り始めた”というのが正確です。このニュアンスは公式の「What’s next(次の展開)」に明確に書かれています。
仕組みの裏側を噛みくだいて説明しましょう。まずMCP(Model Context Protocol)は、会話AIが外部のデータやツールに安全に接続するための“言語”と“取り決め”のセットです。Apps SDKはそのMCPを拡張し、ロジック(どのツールをいつ呼ぶか、どう返すか)とインターフェース(ユーザーが触るUI部品)を、会話の文脈に沿って一つの“体験”として組み立てられるようにしています。結果として、アプリは「チャット欄に現れる小さなWeb体験」になり、ユーザーは離脱せずに作業を前に進められるのです。開発者が自社のログインや課金を既存バックエンドで扱い、ChatGPT側からは“その人の文脈に沿って”呼び出すという分業の設計思想も、今回のSDKで明文化されました。
安全性とプライバシーは、一般ユーザーにとって最重要の確認点です。OpenAIはすべてのアプリがポリシーに適合し、全年齢に適切で、連携先のルールにも従うことを前提にしています。初回接続時に共有されうるデータの範囲が明示され、今年中により細かなデータカテゴリ単位のコントロールをユーザーに提供する計画も示されました。開発者側には開示すべきプライバシーポリシーや権限の透明性が求められ、審査ガイドラインの草案も公開されています。これらは“安心して触れる新機能”に不可欠な設計で、この点も公式が具体的に約束しています。
次に、アプリの体験と並走するかたちで語られたプラットフォームの規模にも触れておきます。OpenAIのDevDay公式ページは、週次アクティブユーザー8億人超、開発者400万人、APIは分速60億トークンというスケールを掲示しました。これはApps SDKの「配布面の強み」を説明する数字で、“会話の最中に必要なアプリを提示できる”という導線と相まって、従来の検索やアプリ起動に比べて摩擦を大きく減らす可能性を示しています。
ここまでを踏まえると、「apps in ChatGPT」は、ユーザーにとっては“作業の途中で手を止めずに済む”体験であり、開発者にとっては“会話の文脈という最前線で自分のサービスを届けられる新しい配布チャネル”です。初期の提供範囲は限定的で、英語優先・EUは後日という段階的な立ち上がりですが、プレビューの時点でUIまで規格化されたことが大きな転機です。UIが文章と同じ面に溶け込むことで、ユーザーは「質問→別サイトに飛ぶ→戻る」の往復から解放され、開発者は「チャットのどの瞬間に、どのUIを差し込むと役立つか」を設計できるようになります。
最後に、開発の視点に少しだけ触れておきます。Apps SDKは“会話×UI”の設計キットであり、次回扱うAgentKitは“自律タスク×評価×運用”の総合キットです。DevDayでは両者が同日の一次情報として並んでおり、たとえばカスタマーサポートや営業支援の実例も併記されています。Apps SDKがユーザー接点を磨く道具だとすれば、AgentKitは裏側の動作を作り、測り、鍛えるための道具です。この二つがそろうことで、会話の中に現れたUIが、裏側の堅牢なワークフローと直結し、「見える体験」と「見えない実行」が一本につながります。第3回はこのAgentKitに絞り、Agent Builderの可視化ワークフロー、ChatKitの組み込み、EvalsとRFT(強化学習的な微調整)の役割分担を、具体例で掘り下げます。
※本稿はOpenAI公式の「Apps in ChatGPT」発表記事とDevDay 2025ページの記載に基づいており、提供範囲(EU以外・英語優先・初期パートナー)、Apps SDKのプレビュー、ディレクトリと収益化の“年内予定”、およびプライバシー・安全性に関する方針は一次情報の引用です。プラットフォーム規模の数字も公式ページの掲示値に準じています。
