英国政府、AI産業育成へ130億円の技術購入計画を発表

英国政府が国内AI産業支援のため1億ポンド(約130億円)の技術購入計画を発表。AI向け半導体を開発する英国スタートアップに購入保証を提供。米中に対抗し、自国のAI市場育成を目指す。

英国政府、AI産業育成へ130億円の技術購入計画を発表

英国政府は2025年11月、国内のAI産業を支援するため、1億ポンド(約130億円)規模の技術購入計画を発表しました。この計画では、AI向けの半導体を開発する英国のスタートアップ企業に対し、政府が購入を保証する仕組みを導入します。リズ・ケンダル科学大臣は、この取り組みがライフサイエンスや金融サービスなどの分野でAI技術の活用を促進すると説明しました。英国のAI市場規模は720億ポンド(約9兆4000億円)で世界第3位ですが、投資額では米国に大きく後れを取っています。2024年の米国のAI民間投資額は1091億ドルに対し、英国はわずか45億ドルでした。この計画は、米中との競争が激化する中で、英国が独自のAI産業基盤を構築し、世界市場での地位を確保することを目指しています。

政府による購入保証の仕組み

今回発表された計画の中核は、「ファーストカスタマー」と呼ばれる購入保証制度です。これは、新型コロナウイルスワクチンの調達で政府が採用した方式を参考にしています。具体的には、政府が事前に一定の性能基準を設定し、その基準を満たすAI推論チップを開発した英国企業に対して、購入を約束するというものです。

AI推論チップとは、学習済みのAIモデルを実際に動作させるための半導体のことです。例えば、スマートフォンの音声アシスタントや自動運転車の判断処理など、AIが実際に「考える」作業を高速に行うために必要な部品です。従来の汎用プロセッサと比べて、AI特有の計算を効率的に処理できる設計になっています。

ケンダル大臣は、この1億ポンドという金額が「米国や中国で使われている数十億ポンドと比べると小さく聞こえる」ことを認めつつ、「英国が世界をリードできる分野で政府が先導する姿勢を示すこと」が重要だと強調しました。購入保証の詳細な運用方法はまだ明らかにされていませんが、英国に拠点を置く最先端の半導体企業に対し、技術が一定水準に達した時点で政府が購入することを約束する形になります。

背景と経緯

英国のAI市場は規模では世界第3位ですが、投資額では米国に大きく水をあけられています。英国政府のデータによると、英国のAI市場は720億ポンド(約9兆4000億円)の価値がありますが、スタンフォード大学のAI指標によれば、2024年の民間投資額は米国の1091億ドルに対し、英国はわずか45億ドルでした。この24倍以上の差が、英国政府に危機感を抱かせています。

英国は米国のAI企業からの投資誘致にも力を入れてきました。OpenAIやAnthropicといった大手AI企業との「戦略的パートナーシップ」を複数締結し、英国のAI基盤や人材への投資を促す代わりに、公共部門でこれらの企業の技術を採用する取り組みを進めています。しかし、海外企業への依存だけでは自国産業の育成にはつながらないという認識が広がっていました。

今回の発表は、来週予定されている予算案の発表に先立って行われました。この予算案では富裕層への増税が見込まれており、労働党政権がテクノロジー産業を支援する姿勢を示すことで、起業家や投資家の懸念を和らげる狙いもあります。

英国が注力する分野

ケンダル大臣は、英国の強みが特定の産業分野にあると指摘しました。具体的には、ライフサイエンス、金融サービス、防衛、クリエイティブ産業の4分野です。「英国が真に世界をリードできるのは、これらの分野でAIの力を活用することだ」と大臣はフィナンシャル・タイムズ紙に語りました。

ライフサイエンス分野では、新薬開発や医療診断にAIを活用することで、研究開発の期間短縮やコスト削減が期待されています。金融サービスでは、不正検知やリスク管理の高度化が進むでしょう。防衛分野では、脅威の早期発見や意思決定支援にAIが役立ちます。クリエイティブ産業では、映画やゲームの制作プロセスの効率化が見込まれます。

政府はまた、ベンチャーキャピタル企業バルダートンのジェームズ・ワイズ氏を、5億ポンド規模の政府系AI投資ユニットの議長に任命したことも発表しました。このユニットは英国ビジネス銀行と協力して、AIスタートアップへの投資を行います。

できること・できないこと

この購入保証制度により、英国のスタートアップ企業は開発資金の見通しを立てやすくなります。例えば、AI半導体の開発には数年単位の時間と多額の投資が必要ですが、政府による購入保証があれば、民間投資家からの資金調達も容易になるでしょう。また、開発した製品の最初の顧客が政府になることで、実績を作り、その後の商業展開もスムーズに進められます。

一方で、この計画だけで米中との投資格差を埋めることは難しいでしょう。1億ポンドという金額は、米国の大手テクノロジー企業が単独で投じる研究開発費と比べても小規模です。また、業界団体TechUKのスー・デイリー氏が指摘するように、このような先行購入契約は「意図せず競争を歪める可能性」があり、制度設計には慎重さが求められます。特定の企業や技術に偏った支援にならないよう、公平性と透明性の確保が課題となります。

さらに、半導体製造には高度な設備と専門人材が必要です。英国には世界的な半導体製造拠点が少なく、設計した半導体を実際に量産する段階で海外の製造施設に依存する可能性があります。購入保証だけでなく、製造能力の強化も長期的には必要になるでしょう。

私たちへの影響

このニュースは、英国のテクノロジー産業に関わる人々や、AI技術の発展に関心を持つ人々に影響を与えます。英国のスタートアップ企業にとっては、政府の支援を受けながら革新的な技術開発に挑戦する機会が広がります。投資家にとっては、政府の購入保証がリスクを軽減するため、AI関連スタートアップへの投資判断がしやすくなるでしょう。

短期的な影響については、この計画により数社の英国スタートアップが開発資金を確保し、AI半導体の開発を加速させることが予想されます。また、政府の明確な支援姿勢が示されたことで、海外からの投資や人材の流入も期待できます。来週の予算案発表と合わせて、労働党政権のテクノロジー政策の全体像が明らかになるでしょう。

中長期的な影響としては、英国が独自のAI産業基盤を構築できるかどうかが注目されます。成功すれば、米中に次ぐ第三極としての地位を確立し、ライフサイエンスや金融などの得意分野でAI活用の世界標準を作れる可能性があります。失敗すれば、投資格差はさらに広がり、海外企業への依存が深まるでしょう。

ただし、この計画が実際にどれだけの成果を生むかは、制度の詳細設計と運用次第です。公平性を保ちながら、真に革新的な技術を持つ企業を支援できるかが鍵となります。また、購入保証だけでなく、製造能力の強化や人材育成など、総合的な産業政策が求められるでしょう。

出典:UK government will buy tech to boost AI sector in $130M growth push(arstechnica.com)

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