「AI責任者」より効果的?英保険会社が導入した「AI生産性ディレクター」という新職種

英保険会社ハウデンが「AI生産性ディレクター」という新役職を設置。全社員2万人のAI活用を支援し、IT部門とデータ部門の橋渡し役を担う。企業のAI活用に新たな選択肢を提示。

「AI責任者」より効果的?英保険会社が導入した「AI生産性ディレクター」という新職種

2026年1月30日、英国の保険会社ハウデンが、企業のAI活用において「最高AI責任者(CAIO)」とは異なる新しいアプローチを採用していることが明らかになりました。同社は「AI生産性ディレクター」という役職を設け、全社員2万人以上のAI活用を支援しています。この役職は、IT部門とデータ部門の間に位置し、両者と事業部門をつなぐ橋渡し役を担います。多くの企業が最高AI責任者を任命する中、ハウデンのこの取り組みは、AI活用における新たな選択肢を示しています。調査によると、すでに60%の企業がCAIOを置き、さらに26%が今年中に任命を予定していますが、専門家の間では誰がAI活用の責任を負うべきか議論が続いています。ハウデンの事例は、企業規模や業種によって最適な組織体制が異なる可能性を示唆しており、AI導入を検討する企業にとって参考になるでしょう。

ハウデンが採用した新しいAI管理体制

ハウデンは55カ国で2万人以上を雇用する大手保険会社です。同社のバリー・パナイ最高データ責任者は、2025年8月の就任時に、最高技術責任者(CTO)と協力して明確な役割分担を決めました。IT部門は既製のツールの導入と運用を担当し、データ部門は機械学習などの独自モデル構築を担当します。そして両者の間に位置するのが、AI生産性ディレクターです。

この役職の主な任務は、マイクロソフトのCopilot、ChatGPT、Anthropicなど、企業が契約している生成AIサービスを全社員が効果的に使えるよう支援することです。パナイ氏は「これらのツールは十分に新しいため、導入を支援する人材が必要です」と説明します。家庭でAIを使って休暇を予約することと、仕事で生産性を高めることは同じではないからです。

なぜ最高AI責任者ではないのか

多くの企業が最高AI責任者(CAIO)を任命しています。CAIOとは、AIのガバナンス、セキュリティ、活用事例の特定などを統括する経営幹部のことです。2025年の調査では、60%の企業がすでにCAIOを置き、26%が今年中に任命予定と報告されています。

しかし、すべての企業がこのアプローチを採用しているわけではありません。トムソン・ロイターのカースティ・ロス最高業務技術責任者は、同社にCAIOはいないと明言しています。「私たちはそういった役職をあまり重視していません」と彼女は語り、AIが業務プロセスに深く組み込まれているため、全社員が考慮すべき事項だと説明しました。ただし、誰かがAI需要を効果的に管理する必要があることも認めています。

ハウデンもCAIOを置かない選択をしました。代わりに、より実務的で協働的な役割として、AI生産性ディレクターを設置したのです。この違いは、AIを戦略的に統括するのではなく、日々の業務での実践的な活用を重視する姿勢を示しています。

AI生産性ディレクターの3つの重要な役割

第一の役割は、IT部門、データ部門、事業部門をつなぐことです。多くの企業では、技術部門とデータ部門の役割分担が曖昧で、現場が混乱しています。ハウデンでは「既製ツールの導入はIT部門、独自モデルの構築はデータ部門、そして両方を組み合わせる中間領域」という明確な線引きをしました。AI生産性ディレクターは、この中間領域で活動します。

第二の役割は、企業が契約しているAIツールを確実に活用させることです。パナイ氏は「これは魔法使いのような仕事です」と表現します。例えば、数千ページの資料を扱う保険ブローカーに、AIで素早く答えを見つける方法を示します。ある社員は、1週間かかっていた作業が20分で完了するようになったと報告しています。このディレクターは、AIを安全かつ効果的に使う方法を、具体例を示しながら全社に広めています。

第三の役割は、データ部門が競争優位性の高い業務に集中できるようにすることです。全社員のAI活用支援をIT部門とAI生産性ディレクターが担うことで、データ部門は独自データと機械学習モデルの開発に専念できます。パナイ氏は「生成AIの取り組みは素晴らしいですが、私は機械学習に注力します。そこに真の力があるからです」と語ります。多くの企業が同じ既製AIツールを使える時代、競争優位は独自データとモデルから生まれるという考えです。

この体制がもたらす具体的な成果

ハウデンのアプローチは、明確な成果を生んでいます。AI生産性ディレクターは、Office作業にはCopilot、エンジニアリングや財務にはClaude、汎用的な思考支援にはChatGPTという使い分けを社員に示しています。これにより、各ツールの特性に応じた最適な活用が進んでいます。

特に重要なのは、現場の保険ブローカーへの影響です。彼らは一日中パソコンの前にいるわけではなく、市場で顧客と対話し、意思決定を行います。AI生産性ディレクターは、こうした働き方に合わせたAI活用法を提案し、業務効率を大幅に向上させています。毎週月曜日に自動実行されるエージェントを設定し、定型業務を自動化した例もあります。

また、この体制により、データ部門への過度な要求が減りました。パナイ氏は「生成AIの需要管理が私の担当から外れたことは、ありがたいことです」と語ります。多くの企業では、データ部門がCopilotなどの管理に追われて本来の業務ができなくなっていますが、ハウデンではその問題を回避できています。

企業がこの体制から学べること

ハウデンの事例は、AI活用において「一つの正解」は存在しないことを示しています。最高AI責任者を置くことが必ずしも最善とは限らず、企業の規模、業種、文化に応じた体制を考える必要があります。

特に重要なのは、IT部門とデータ部門の役割を明確に分けることです。「既製品の導入と運用」と「独自開発」という軸で分けることで、責任の所在が明確になり、効率が上がります。そして、その間をつなぐ専門家を置くことで、全社的なAI活用が進みます。

また、全社員のAI活用支援と、競争優位につながる独自開発を分けて考えることも重要です。前者は生産性向上、後者は差別化という異なる目的を持ちます。両方を同じ部門が担当すると、どちらも中途半端になる可能性があります。

日本企業への示唆

この事例は、日本企業にも参考になります。多くの日本企業では、AI活用の責任者が不明確で、各部門が個別にツールを導入し、全社的な効率化が進んでいません。ハウデンのように、明確な役割分担と橋渡し役を設けることで、この問題を解決できる可能性があります。

短期的には、既存の役職者に「AI生産性」の責任を明確に割り当てることから始められます。IT部門長やデジタル推進部門長に、全社のAIツール活用を支援する役割を明示的に与えるのです。中長期的には、専任の担当者や部門を設置し、体系的な支援体制を構築することが望ましいでしょう。

ただし、注意すべき点もあります。この体制は、企業がすでに複数のAIツールを契約し、活用が進んでいることが前提です。AI導入の初期段階にある企業では、まず戦略策定と基盤整備が優先されるため、最高AI責任者のような統括役が必要かもしれません。企業の成熟度に応じて、適切な体制を選ぶことが重要です。

出典:Forget the chief AI officer – why your business needs this ‘magician’(www.zdnet.com)

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