AnthropicがシアトルのAIスタートアップVercept社を買収。Vercept社はクラウド上でMacBookを遠隔操作できるAIエージェントを開発していた。総額5000万ドルを調達していた有望企業だが、創業から1年余りでの買収となった。
Anthropic、コンピューター操作AIのVercept社を買収―創業1年で決断
AI企業のAnthropic社は2026年2月25日、シアトルを拠点とするAIスタートアップVercept社を買収したと発表しました。Vercept社は、クラウド上でApple MacBookを遠隔操作できるAIエージェント「Vy」を開発していた企業です。このAIエージェントとは、人間がパソコンで行う作業を自動的に実行できるソフトウェアのことです。例えば、複数のアプリケーションを開いてデータを入力したり、ファイルを整理したりといった作業を、人間の代わりに行います。Vercept社は総額5000万ドル(約75億円)を調達していた有望企業でしたが、創業から1年余りでの買収となりました。この買収により、Anthropic社は自社のAIアシスタント「Claude」の機能強化を目指します。特に、コンピューターを直接操作する能力を高めることで、より複雑な作業を自動化できるようになると期待されています。
Vercept社の技術と製品
Vercept社が開発していた「Vy」は、コンピューター使用エージェントと呼ばれる技術です。これは、クラウド上に用意されたMacBookを遠隔で操作し、人間がノートパソコンで行うような複雑な作業を実行できるシステムです。具体的には、複数のアプリケーションを起動し、それらの間でデータをやり取りしたり、ウェブサイトにアクセスして情報を収集したりといった作業を自動化できました。
この技術は、AIエージェントの時代に向けてパーソナルコンピューターの使い方を再定義しようとする多くのスタートアップの一つでした。従来のソフトウェアが特定の機能に限定されていたのに対し、Vercept社の技術は汎用的なコンピューター操作を可能にする点が特徴でした。ただし、今回の買収に伴い、Vercept社の製品は2026年3月25日にサービスを終了することが決定しています。既存の顧客には30日間の移行期間が与えられました。
背景と経緯
Vercept社は、シアトルのAI特化型インキュベーターA12の卒業生でした。A12は、長年の歴史を持つAllen Institute for AI(アレン人工知能研究所)から生まれた組織です。Vercept社の共同創業者たちも、このアレン研究所で研究者として働いていた経歴を持ちます。
同社は2025年1月に1600万ドルのシード資金調達を発表していました。CEOのキアナ・エサニ氏によると、最終的な調達総額は5000万ドルに達していたとのことです。主要投資家には、A12のセス・バノン氏が含まれていました。また、エンジェル投資家として、元Google CEOのエリック・シュミット氏、Google DeepMindの主任研究員ジェフ・ディーン氏、Cruise創業者のカイル・ヴォート氏、Dropbox共同創業者のアラシュ・フェルドウシ氏など、テック業界の著名人が名を連ねていました。
興味深いことに、Vercept社の共同創業者の一人であるマット・ダイトケ氏は、2025年にMeta社のSuperintelligence Lab(超知能研究所)に年俸2億5000万ドルという破格の条件で引き抜かれたことで話題になりました。今回の買収では、ダイトケ氏はAnthropicには加わっていません。
買収の詳細と関係者の反応
今回の買収により、Vercept社の共同創業者であるキアナ・エサニ氏、ルカ・ワイス氏、ロス・ガーシック氏を含むチームがAnthropicに加わります。しかし、すべての共同創業者が移籍するわけではありません。
Vercept社の共同創業者および投資家として知られるオレン・エツィオーニ氏は、Allen Institute for AIの創設リーダーとしてシアトルで著名な人物です。エツィオーニ氏はこの買収について、LinkedInで「素晴らしいチームがAnthropicに加わる。彼らに最高の幸運を祈る」としながらも、「1年余りで事業を畳み、顧客に30日間の猶予しか与えないのは悲しい」と複雑な心境を表明しました。
一方、Anthropicに加わる創業者たちは前向きな姿勢を示しています。エサニCEOはLinkedInで「独立して構築するか、素晴らしいチームと力を合わせてビジョンを加速させるか。選択は明確で、Anthropicに加わることは簡単な決断だった」と述べています。
投資家間の対立
この買収をめぐっては、投資家間で公開の場での論争が発生しました。エツィオーニ氏は、主要投資家のバノン氏が適切なビジネス人材を雇用しなかったことに「部分的な責任がある」と批判しました。これに対しバノン氏は「創業者たちの英雄的な仕事を貶めている。ほとんどの人が夢見るような結果を達成したのに」と反論しました。両者は互いに虚偽や法的脅迫といった非難の応酬を繰り広げました。
投資家間の公開論争自体は本質的な意味を持ちませんが、その背景にある動機は注目に値します。次の大きなAI企業を構築するための競争は激しく、相当な資金を調達した有望なスタートアップがAnthropicに統合されることになったのです。買収条件は公開されていませんが、エツィオーニ氏は投資に対してプラスのリターンを得たと述べています。
Anthropicの戦略
Anthropicにとって、この買収は2024年12月のコーディングエージェントエンジンBun社の買収に続く動きです。同社は自社のAIアシスタント「Claude」の機能拡張を積極的に進めています。特に、コンピューター使用機能の強化は重要な戦略の一つです。
Anthropicが明らかにこれらの研究者を求めていたことは、特に彼らの一人がMeta社にいることを考えると、より理解できます。優秀なAI研究者の獲得競争は激化しており、大手AI企業は有望なスタートアップごと買収することで人材を確保する戦略を取っています。
できること・できないこと
この買収により、Anthropicは高度なコンピューター操作機能をClaude Code(クロード・コード)に統合できるようになります。具体的には、複数のアプリケーションにまたがる複雑な作業の自動化が可能になると期待されます。例えば、データを収集してスプレッドシートに整理し、それを基にレポートを作成するといった一連の作業を、AIが自動的に実行できるようになるでしょう。また、ウェブブラウザを操作して情報を検索し、その結果を他のアプリケーションで活用するといった使い方も考えられます。
一方で、Vercept社の既存製品は3月25日にサービスを終了するため、現在の顧客は別のソリューションに移行する必要があります。また、Vercept社の技術がAnthropicの製品にどのように統合されるか、具体的なタイムラインは明らかにされていません。新機能として一般に提供されるまでには、ある程度の開発期間が必要でしょう。さらに、コンピューター操作AIには依然として制約があり、人間の判断が必要な複雑な意思決定や、セキュリティが重要な操作については、慎重な設計が求められます。
私たちへの影響
このニュースは、AIアシスタントを業務で活用している企業や個人に大きな影響を与えます。Anthropicが高度なコンピューター操作機能を獲得したことで、Claudeを使った業務自動化の可能性が大きく広がるでしょう。
短期的には、Vercept社の既存顧客が影響を受けます。30日間という短い移行期間で代替ソリューションを見つける必要があるためです。一方、Anthropicのユーザーにとっては、今後数ヶ月から1年以内に、より強力な自動化機能が提供される可能性があります。これにより、反復的なコンピューター作業にかかる時間を大幅に削減できるようになるかもしれません。
中長期的には、AIエージェントによるコンピューター操作が一般的になり、私たちの働き方が変わる可能性があります。定型的な作業はAIに任せ、人間はより創造的で戦略的な仕事に集中できるようになるでしょう。ただし、AIによる自動化が進むことで、セキュリティやプライバシーの管理がより重要になります。また、AIが実行する作業の監視と検証の仕組みも必要になるでしょう。
さらに、この買収は、AI業界における人材獲得競争の激しさを示しています。優秀な研究者を確保するために、大手企業がスタートアップごと買収する傾向は今後も続くと予想されます。これは、独立したスタートアップとして成長する道が狭まる一方で、大手企業のリソースを活用して技術を社会に広く届けられる可能性も意味しています。
