中国のAI企業DeepSeekが2025年12月、先進的なAIモデルを低コストで訓練する新手法「mHC」を発表。大規模な計算資源なしで高性能モデルを構築可能に。資金力の乏しい開発者にも門戸を開く技術として注目される。
DeepSeekが低コストでAI訓練する新手法を発表、業界の常識を覆す可能性
中国のAI研究企業DeepSeekは2025年12月末、先進的な大規模言語モデル(LLM)を低コストで訓練できる新しい技術手法を発表しました。この手法は「Manifold-Constrained Hyper-Connections(mHC)」と呼ばれ、従来は莫大な計算資源が必要とされていたAIモデルの開発を、より実用的でスケーラブルな方法で実現できる可能性があります。大規模言語モデルとは、ChatGPTのような人間の言葉を理解し生成できるAIシステムのことです。これまでAI業界では、最先端のモデルを開発できるのは巨額の資金と計算資源を持つ大企業だけという常識がありました。しかしDeepSeekは2025年1月にOpenAIのo1に匹敵する性能を持ちながら訓練コストが大幅に低いR1モデルを発表し、この常識に疑問を投げかけました。今回の新手法は、資金力の乏しい小規模な開発者でも高性能なAIモデルを構築できる道を開く可能性があり、AI開発の民主化につながると期待されています。
DeepSeekが発表した新しい訓練手法の詳細
DeepSeekの研究チームは、査読前の研究論文を共有するオンラインプラットフォーム「arXiv」に新しい論文を公開しました。この論文では「Manifold-Constrained Hyper-Connections」、略してmHCと呼ばれる技術フレームワークが紹介されています。論文の著者には、DeepSeekのCEOであるLiang Wenfeng氏も名を連ねています。
この新手法は、同社が開発中とされる次世代モデル「R2」の技術基盤になる可能性があります。R2モデルは2025年半ばにリリースされる予定でしたが、中国における先進的なAIチップへのアクセス制限や、モデルの性能に関するCEOの懸念から延期されたと報じられています。現時点で正式なリリース日は発表されていません。
AIモデル訓練における技術的な課題
大規模言語モデルは「ニューラルネットワーク」と呼ばれる仕組みの上に構築されています。ニューラルネットワークとは、人間の脳の神経細胞のつながりを模倣した計算システムのことです。このシステムは複数の「層」から構成され、各層が情報を処理しながら次の層へ信号を伝えていきます。
ここで重要な課題が生じます。層の数が増えるほど、元の信号が弱まったり歪んだりして、最終的にはノイズ(雑音)になってしまうリスクが高まるのです。これは伝言ゲームに似ています。参加者が増えるほど、最初のメッセージが正確に伝わらなくなる可能性が高くなります。
したがって、AIモデルを大規模化する際の核心的な課題は、できるだけ多くの層を通しても信号の品質を保つことです。DeepSeekの研究論文では、これを「可塑性と安定性のトレードオフをより良く最適化する」と表現しています。可塑性とは新しい情報を学習する能力、安定性とは既に学んだ情報を保持する能力のことです。
mHCが解決する問題とその仕組み
DeepSeekの新しいmHC手法は、2024年にByteDanceの研究者が導入した「ハイパーコネクション(HC)」という技術フレームワークを基盤としています。HCは、ニューラルネットワークの層同士が情報を共有するチャネル(経路)の数を増やす仕組みです。これにより、より豊かで複雑な情報のやり取りが可能になります。
しかし、HCには二つの問題がありました。第一に、チャネルが増えすぎると元の信号が失われやすくなります。再び伝言ゲームの例えで言えば、伝達経路が複雑になりすぎて混乱が生じるのです。第二に、多数のチャネルを維持するには大量のメモリ(記憶容量)が必要となり、実用的な規模での実装が困難でした。
mHCアーキテクチャは、モデル内のハイパーコネクティビティ(超接続性)に制約を加えることで、この問題を解決しようとします。適切な制約を設けることで、HCが可能にする情報の複雑性は保ちながら、メモリの問題を回避できるのです。この結果、資金力の限られた小規模な開発者でも、実用的かつスケーラブルな方法で高度に複雑なモデルを訓練できる可能性が開けます。
背景と経緯
DeepSeekは2025年1月、AI業界に衝撃を与えました。同社が発表したR1モデルは、OpenAIの最先端モデルo1に匹敵する能力を持ちながら、報道によれば訓練コストははるかに低かったのです。この発表は、米国を拠点とする技術開発者たちにとって驚きでした。なぜなら、最先端のAIモデルを訓練するには巨額の資金と計算資源が必須という前提が覆されたからです。
それまでのAI開発競争では、GoogleやMicrosoft、OpenAIといった資金力のある大企業だけが最先端モデルを開発できるという見方が支配的でした。これらの企業は数千億円規模の投資を行い、膨大な数のGPU(グラフィックス処理装置)を使用してモデルを訓練していました。
しかしDeepSeekは、賢いエンジニアリングの工夫だけで画期的な成果を達成できることを示しました。今回のmHC手法の発表は、この流れをさらに推し進めるものです。同社がこの研究を公開したことで、他の小規模開発者も同様のアプローチを採用できる可能性が生まれました。
できること・できないこと
mHC手法により、開発者は従来よりも少ない計算資源とメモリで大規模言語モデルを訓練できるようになります。例えば、大学の研究室やスタートアップ企業が、大手テック企業と同等の性能を持つモデルを開発することが現実的になるかもしれません。また、既存のモデルをより効率的に拡張し、新しい機能を追加することも容易になるでしょう。
一方で、この技術にも限界があります。mHCはモデル訓練の効率を改善しますが、魔法のように全てのコストをゼロにするわけではありません。依然として相応の計算資源は必要ですし、モデルの設計や調整には専門的な知識が求められます。また、この手法がどの程度実用的かは、実際にR2モデルなどで使用されてみないと完全には評価できません。
さらに、論文はまだ査読を受けていないため、科学的な妥当性が第三者によって検証されていない点にも注意が必要です。今後数ヶ月から1年程度かけて、研究コミュニティによる検証と実装例の蓄積が進むでしょう。
私たちへの影響
このニュースは、AI技術の開発者だけでなく、AIサービスを利用する一般のユーザーにも影響を与える可能性があります。
短期的には、より多くの企業や研究機関が高性能なAIモデルを開発できるようになることで、AIサービスの選択肢が増えるでしょう。競争が激化すれば、サービスの価格が下がったり、品質が向上したりする可能性があります。また、特定の業界や言語に特化したニッチなAIモデルが登場しやすくなるかもしれません。
中長期的には、AI開発の民主化が進むことで、イノベーションのペースが加速すると予測されます。これまで大企業の独占状態にあったAI技術が、より広範な開発者コミュニティに開かれることで、多様なアイデアや応用が生まれる可能性があります。医療、教育、農業など、これまでAI投資が十分でなかった分野でも、専門的なモデルが開発されやすくなるでしょう。
ただし、技術の普及には時間がかかります。mHCが実際にどれほど効果的かは、今後の実装例を待つ必要があります。また、AI開発の障壁が下がることで、悪意ある利用のリスクも高まる可能性があり、適切な規制や倫理的ガイドラインの整備が重要になってきます。
