欧州が「欧州版DeepSeek」開発競争へ、米国AI依存からの脱却目指す

欧州各国が米国製AIへの依存脱却を目指し、独自のAI開発を加速。中国DeepSeekの成功が、巨大な計算資源なしでも競争力のあるAIを開発できることを実証。米欧関係の緊張が、欧州の技術的自立の必要性を高めています。

欧州が「欧州版DeepSeek」開発競争へ、米国AI依存からの脱却目指す

米国と欧州の同盟関係に亀裂が生じる中、欧州各国が米国製AI技術への依存から脱却し、独自のAI開発を加速させています。これまでAI分野では、プロセッサ設計から製造、データセンター、モデル開発まで、ほぼすべての領域で米国企業が圧倒的な優位を保ってきました。しかし2024年、中国のAI研究所DeepSeekが、巨大な計算資源を持たなくても高性能なAIモデルを開発できることを実証したことで、状況が変わりつつあります。欧州の研究者たちは、この成功例に勇気づけられ、創意工夫に富んだモデル設計によって米国企業に対抗しようとしています。英国政府とEUは、すでに数億ドル規模の資金を投じて、外国製AIへの依存を減らす取り組みを進めています。オックスフォード大学のロザリア・タデオ教授は「イノベーションは米国で行われるという物語を、私たちは安易に信じすぎてきました。それは危険な考え方です」と指摘します。この動きは、欧州にとって技術的自立が単なる経済問題ではなく、安全保障上の重要課題となっていることを示しています。

米欧関係の緊張が技術的自立を加速

2024年から2025年にかけて、欧州と米国トランプ政権の関係は複数の問題で対立を深めています。グリーンランドの主権問題、関税政策、移民問題などで意見が衝突し、75年以上続いてきたNATO同盟の弱体化が懸念されています。特に顕著なのが、米国テック企業の規制をめぐる対立です。2024年12月初旬、欧州委員会がイーロン・マスク氏所有のSNS「X」に対して規制違反を理由に約1億4000万ドル相当の罰金を科したところ、マルコ・ルビオ米国務長官は「外国政府による米国のテック企業と米国民への攻撃だ」と非難しました。

さらに英国の規制当局がX上でAI生成された女性の性的画像が大量に拡散された問題で調査を開始し、国内での利用禁止の可能性を示唆すると、米国務省のサラ・ロジャース氏が報復を示唆する発言をしました。こうした背景の中で、欧州の米国製AIへの依存は、ますます大きなリスクとして認識されるようになっています。タデオ教授は「この依存関係は、あらゆる交渉において不利な立場を生みます。そして私たちは今後、米国とますます多くの交渉をすることになるでしょう」と警告します。

欧州が直面する技術格差の現実

現在、AI分野における米国の優位性は圧倒的です。Nvidia、Google、Meta、OpenAI、Anthropicといった米国企業が、AI開発のあらゆる段階で欧州企業を大きく引き離しています。この差は投資額にも表れており、2024年の米国株式市場におけるAI関連企業の好調な業績や、米国経済全体の成長にも貢献しています。一部の専門家は、米国企業の優位性があまりにも確立されているため、欧州諸国が米国製AIへの依存から抜け出すことは不可能だと考えています。これはクラウドサービス分野で既に起きたパターンと同じです。

2025年1月初旬、ベルギーの国家サイバーセキュリティ機関のトップがフィナンシャル・タイムズ紙に対し、欧州は「インターネットで敗北した」と述べ、米国のインフラへのある程度の依存を受け入れるべきだと発言しました。しかし英国政府とEUは、この見方に同意していません。両者はすでに数億ドルを投じて、外国製AIサプライヤーへの依存を最小限に抑える取り組みを進めています。ドイツのライプニッツ大学ハノーバーのヴォルフガング・ネイドル教授は「これらの分野は勝者総取りになることが多い。優れたプラットフォームがあれば、誰もがそこに集まります」と指摘し、欧州が最先端技術を生み出せなければ、永遠に追いつけないと警告します。

DeepSeekの成功が示した新たな可能性

状況を変える転機となったのが、中国のAI研究所DeepSeekの成功です。DeepSeekは2024年、最大規模のAIプロセッサ群を持つ企業が必ず勝つという定説を覆しました。同社は限られた計算資源でも、創意工夫に富んだモデル設計によって、高性能なAIを開発できることを実証したのです。この成功は、欧州の研究者たちに大きな希望を与えました。巨額の投資や膨大な計算資源がなくても、優れた設計思想があれば競争できる可能性が示されたからです。

欧州のAI研究所には、米国の大手企業にはない強みもあります。それはオープンな開発姿勢です。OpenAIやAnthropicといった米国企業は、訓練データやモデル設計の詳細をほとんど公開しない「閉じた」組織です。一方、欧州の研究所の多くは、誰でも使用・改変できる形でモデルを公開しています。この戦略の狙いは、欧州の研究所が達成した技術的突破を、協力者がさらに改良することで、その効果を倍増させることです。ネイドル教授は「モデルの力を掛け算で増やしているのです」と説明します。同教授が参加するSOOFIプロジェクトは、今後1年以内に約1000億パラメータ規模の汎用言語モデルを公開する予定です。パラメータとは、AIモデルが学習した知識の量を示す指標のことです。

欧州各国の具体的な取り組み

欧州各国は、AI開発を国内に呼び込むため、資金提供プログラム、規制緩和、学術機関との連携など、さまざまな施策を実施しています。特に力を入れているのが、欧州の言語に特化した大規模言語モデルの開発です。ApertusやGPT-NLといったプロジェクトがその例です。これらは英語中心の米国製AIでは十分に対応できない、ドイツ語、フランス語、オランダ語などの言語処理を得意とするモデルを目指しています。

ただし、ChatGPTやClaudeといった米国製チャットボットの性能を上回らない限り、米国のリードは広がる一方だとネイドル教授は指摘します。ベルギーのMagics Technologiesで最高技術責任者を務めるイン・カオ氏は、補助金だけでなく需要の創出が重要だと主張します。同氏は、中国が国内プロセッサ市場で採用したとされる戦略、つまり欧州企業に国産AI製品の購入を義務付けるか、少なくとも奨励する政策を提案しています。「単に資金にアクセスできるだけでは不十分です。最も重要なのは、製品を販売できることです」とカオ氏は述べます。

「デジタル主権」の定義をめぐる議論

一方で、英国やEUが「デジタル主権」をどこまで追求するつもりなのかは、まだ明確ではありません。主権とは、広範なAIサプライチェーン全体での完全な自給自足を意味するのか、それとも特定分野での能力向上だけを指すのか。米国企業の排除を求めるのか、それとも国内代替手段の確保だけで十分なのか。テクノロジー企業の業界団体であるComputer & Communications Industry Associationの上級政策マネージャー、ボニファス・ド・シャンプリ氏は「かなり曖昧です。現段階では物語に近いものです」と指摘します。

欧州を自給自足可能にするためにどの政策手段を使うべきかについても、広範な合意はありません。一部の欧州企業は、欧州の企業に国産AI製品の購入を義務付けるか奨励する戦略を支持しています。しかし、オープン市場と規制緩和を支持する人々は、米国企業を締め出そうとすることで、最適なAI製品を自由に選べる世界の競合他社に対して、国内企業が不利になるリスクがあると主張します。ド・シャンプリ氏は「私たちの観点では、主権とは選択肢を持つことを意味します」と述べます。

できること・できないこと

欧州の取り組みにより、米国製AIへの依存度を下げ、独自の高性能AIモデルを開発することが可能になります。例えば、欧州の言語や文化に特化したチャットボットや、オープンソースで誰でも改良できる言語モデルの開発が進んでいます。DeepSeekの成功が示したように、巨大な計算資源がなくても、優れた設計思想があれば競争力のあるAIを作ることができます。SOOFIプロジェクトのように、今後1年以内に実用的な大規模言語モデルを公開する計画も進行中です。

一方で、すぐに米国企業と同等の性能を達成することは難しい面もあります。米国企業は長年の投資と膨大なデータ、優れた人材を蓄積しており、その優位性を一朝一夕に覆すことはできません。また、政策面でも「デジタル主権」の具体的な定義や、どこまで米国企業を排除すべきかについて、欧州内でも意見が分かれています。完全な自給自足を目指すのか、選択肢を増やすだけで十分なのか、方向性はまだ定まっていません。ただし、ネイドル教授は「この分野の進歩は、もはや最大のGPUクラスタに大きく依存しなくなるでしょう。私たちは欧州版DeepSeekになります」と自信を示しており、今後数年で状況が大きく変わる可能性があります。

私たちへの影響

このニュースは、AI技術を利用するすべての人々、特に欧州の企業や研究者に大きな影響を与えます。欧州が独自のAI開発に成功すれば、米国企業のサービスに頼らずに済む選択肢が増え、データのプライバシーや安全保障上のリスクを減らすことができます。また、欧州の言語や文化に特化したAIサービスが充実すれば、より使いやすく正確なツールが利用できるようになるでしょう。

短期的な影響については、欧州各国の政府や研究機関がAI開発への投資を増やし、新しいプロジェクトが次々と立ち上がることが予想されます。オープンソースのモデルが公開されれば、中小企業や個人の開発者も高度なAI技術にアクセスしやすくなります。中長期的な影響としては、欧州が技術的に自立することで、米国との交渉において対等な立場を確保できる可能性があります。また、AI分野での競争が活発化することで、技術革新のペースが加速し、より優れた製品やサービスが生まれることが期待されます。

ただし、注意すべき点もあります。欧州が保護主義的な政策を取りすぎると、国内企業が世界最高水準の技術から隔離され、かえって競争力を失う恐れがあります。また、完全な自給自足を目指すには莫大なコストと時間がかかるため、現実的なバランスを見つけることが重要です。米欧関係の今後の展開によっては、協力と競争の境界線がさらに変化する可能性もあり、状況を注視する必要があります。

出典:The Race to Build the DeepSeek of Europe Is On(www.wired.com)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です